『American Civil Wars: A Continental History, 1850-1873』北米大陸の歴史を広い視野で分析する歴史家の最新作

2024年5月に発売されたアラン・テイラーの最新作『American Civil Wars: A Continental History, 1850-1873』*1は、19世紀半ばの北米大陸を舞台に繰り広げられた激動の歴史を、斬新かつ包括的な視点から描き出す野心的な著作である。ピューリッツァー賞を二度受賞し、アメリカ初期史研究の第一人者として名高い著者は、本書において従来のアメリカ中心史観から大きく踏み出し、北米大陸全体を視野に入れた壮大な歴史叙述を展開している。

本書の最大の特徴は、アメリ南北戦争を単なる一国の内戦としてではなく、メキシコやカナダを含む北米大陸全体の文脈の中に位置づけている点にある。テイラーは、1850年から1873年までの約20年間を、アメリカ、メキシコ、カナダという北米の三大国が近代国家へと変貌を遂げていく重要な転換期として捉え、これら三カ国の運命が複雑に絡み合いながら展開していく様を鮮やかに描き出している。

著者は南北戦争の主要な出来事を簡潔にたどりつつ、同時期のメキシコとカナダにおける政治的・社会的変動を丹念に追跡し、三カ国の歴史が相互に影響し合い、それぞれの国の適応と調整に影響を与えていった過程を明らかにしている。この大陸的視座は、南北戦争研究に新たな地平を開くものであり、本書の最大の功績といえるだろう。

アメリ南北戦争については、テイラーは奴隷制を巡る対立という従来の枠組みを踏まえつつも、北部と南部それぞれの憲法観の相違にも注目している。北部が連邦を国民主権に基づく国家とみなしたのに対し、南部は州の主権を重視する連邦観を持っていたという指摘は、南北戦争を単なる奴隷制を巡る争いではなく、国家の在り方そのものを問う戦いとして捉え直す視点を提供している。

メキシコについては、1846年から48年の米墨戦争での敗北後の混乱状態から説き起こし、保守派と自由派の抗争、そしてフランスの介入によるマクシミリアン帝政の樹立と崩壊までの過程を詳細に描いている。特に興味深いのは、アメリ南北戦争とメキシコの内戦が同時進行していた事実を指摘し、両国の政治状況が相互に影響を及ぼしていたことを明らかにしている点である。

例えば、メキシコの自由主義者たちがリンカーン政権の支援を期待し、一方で保守派がアメリカ連合国に接近していたという事実は、南北戦争アメリカ一国の問題に留まらない国際的な影響力を持っていたことを示している。また、南北戦争後のアメリカによる圧力が、フランスのメキシコからの撤退を促し、結果としてマクシミリアン帝政の崩壊を招いたという指摘は、アメリカとメキシコの歴史的関係を理解する上で重要な視点を提供している。

カナダについては、アメリカやメキシコほどの激しい内戦は経験しなかったものの、ケベック州のフランス語系住民とその他の地域の英語系住民との間の対立という難題を抱えていたことが指摘されている。19世紀半ばの移民増加により英語系住民が優勢となり、ケベック州が政治的な将来に不安を抱くようになった過程が丁寧に描かれている。

特筆すべきは、テイラー氏がカナダの連邦化の過程を、アメリ南北戦争との関連で説明している点である。南部のアメリカによる併合の脅威の高まりと、イギリスの保護に対する期待の薄れが、カナダを連邦化へと駆り立てたという指摘は、カナダの国家形成過程を北米大陸全体の文脈の中で理解することの重要性を示している。

本書の優れた点の一つは、これら三カ国の歴史を単に並列的に記述するのではなく、それぞれの出来事が他国にどのような影響を与えたのかを常に意識しながら叙述している点にある。例えば、南北戦争の勃発がフランスのメキシコ介入を可能にする力の空白を生み出したこと、そしてその後の北軍の勝利によってアメリカによる侵略の脅威が高まり、それがカナダの指導者たちに大陸横断鉄道で結ばれた大陸規模の連邦の必要性を訴えさせることになったという一連の流れは、三カ国の運命が密接に絡み合っていたことを如実に示している。

テイラーの筆致は明快かつ説得力に富んでおり、複雑な歴史的事象を読者にわかりやすく伝えることに成功している。特に、リベラルな理想、政治的な腐敗、企業の腐敗という痛快な物語を通じて北米の金ぴか時代の幕開けを描く手法は、読者を惹きつけて離さない。

本書の意義は、単にアメリ南北戦争の新たな解釈を提示したことにとどまらない。テイラーは、19世紀半ばの北米大陸を、国家建設、領土の獲得、奴隷制、民主主義などの問題を巡って三カ国が複雑に絡み合いながら、それぞれの道を模索していった舞台として描き出すことに成功している。この大陸的視座は、従来の一国史観を超えた新たな歴史認識の可能性を示唆するものであり、北米史研究に大きな一石を投じるものといえるだろう。

『American Civil Wars』は、テイラーのこれまでの研究成果を集大成し、さらに発展させたものと言える。彼の過去の著作、特に『The Internal Enemy: Slavery and War in Virginia, 1772-1832』*2、『American Revolutions: A Continental History, 1750–1804』*3、『American Republics: A Continental History of the United States, 1783-1850』*4は、いずれもアメリカ史を広い文脈で捉え直す試みであった。

『The Internal Enemy』では、1812年戦争時のバージニア州における奴隷の状況に焦点を当て、奴隷たちがイギリス軍に協力し自由を求めて逃亡した様子を描いている。この著作は、奴隷制アメリカの初期の国家形成にどのような影響を与えたかを考察し、アメリカの独立後も続いた自由を巡る闘争を描き出すことで高い評価を得た。

『American Revolutions』では、アメリカ革命を北米大陸全体の文脈で捉え直し、1750年から1804年までの広い期間を扱っている。先住民やアフリカ系アメリカ人、女性など、従来の歴史叙述で見落とされがちだった集団の視点も取り入れ、革命を単なる独立戦争としてではなく、複雑な大陸規模の出来事として描いている。

『American Republics』では、アメリカ合衆国の独立から南北戦争前夜までの期間を扱い、この時期のアメリカを単一の国家としてではなく、複数の「共和国」の集合体として描いている。領土拡大、先住民との関係、奴隷制の拡大、新たな州の加入など、この時期の重要な問題を詳細に分析し、アメリカの発展を北米大陸全体の文脈で捉え、カナダやメキシコとの関係も考慮に入れている。

これらの先行研究を踏まえ、『American Civil Wars』は、テイラーの大陸的視座をさらに深化させ、南北戦争期のアメリカ、メキシコ、カナダの相互関係を詳細に分析している。この アプローチは、アメリカ史研究に新たな視点をもたらし、従来の一国史観を超えた理解を促すものである。

『American Civil Wars: A Continental History, 1850-1873』は、アメリ南北戦争に関心のある読者はもちろん、北米大陸の歴史に興味を持つすべての人々にとって必読の書といえるだろう。本書は、19世紀半ばの北米大陸で起こった激動の歴史を、新たな視点から理解する貴重な機会を提供している。テイラーの分析は、読者に歴史の複雑さと奥深さを再認識させるとともに、現代の北米が直面する諸問題の歴史的背景を理解する上でも大いに示唆に富むものとなっている。

*1:日本語意訳 アメリカ内戦:1850年から1873年におけるアメリカ大陸の歴史(Civil Warは一般的にアメリ南北戦争を指すが、書名は"Civil Wars"と複数形。その内容からすると一連の争いを指していると思われる)

*2:日本語意訳 内なる敵: ヴァージニアにおける奴隷制と戦争、1772年から1832年, 2013年

*3:日本語意訳 アメリカ革命 - 1750年から1804年におけるアメリカ大陸の歴史, 2016年

*4:日本語意訳 アメリカ共和国 - 1783年から1850年におけるアメリカ合衆国の大陸史, 2021年