ブッカー賞ロングリストにノミネートされた作品まとめ(2024年版)

2024年7月30日、英国最高峰の文学賞とも評されるブッカー賞のロングリストが発表されました。ブッカー賞には50年の歴史があり、英語で書かれた長編小説の中から優れた文学作品にこの賞が与えられます。今年度は13冊がロングリストにノミネートされています。この記事では投稿した紹介記事をひとつにまとめます。ちなみにショートリストは現地時間で9月16日(月)に発表されます。どの作品が最終選考に残るのか期待が高まります。

 

ブッカー賞公式インスタグラムより

・Wild Houses Colin Barrett

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・Headshot ー Rita Bullwinkel

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・James ー Percival Everett

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Orbital ー Samantha Harvey

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・Creation Lake ー Rachel Kushner

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・My Friends ー Hisham Matar

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・This Strange Eventful History ー Claire Messud

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・Held ー Anne Michaels

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・Wandering Stars ー Tommy Orange

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Enlightenment ー Sarah Perry

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・Playground ー Richard Powers

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・The Safekeep - Yael van der Wouden

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・Stone Yard Devotional - Charlotte Wood

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バラク・オバマ前大統領による夏の推薦図書リストまとめ(2024年版)

本ブログではバラク・オバマ前大統領が2024年夏の読書リスト(リーディングリスト)で取り上げた書籍を紹介してきました。今回はその書籍紹介記事を一つにまとめます。2024年時点では挙げられている14冊すべてが未邦訳ですが、ブッカー賞や全米図書賞のロングリストにノミネートされている作品も多く含みます。中には発売前や発売直後に映像化が決まっている作品も。このまとめ記事が今後の読書計画のお役に立てば幸いです。

オバマ氏インスタグラムより

 

・James — Percival Everett

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・There’s Always This Year: On Basketball and Ascension — Hanif Abdurraqib

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・Everyone Who Is Gone Here: The United States, Central America, and the Making of a Crisis — Jonathan Blitzer

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・Reading Genesis — Marilynne Robinson

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・Headshot — Rita Bullwinkel

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・The God of the Woods — Liz Moore

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・Beautiful Days — Zach Williams

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・Martyr! — Kaveh Akbar

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・Memory Piece — Lisa Ko

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・The Ministry of Time — Kaliane Bradley

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・When the Clock Broke: Con Men, Conspiracists, and How America Cracked Up in the Early 1990s — John Ganz

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・Of Boys and Men: Why the Modern Male Is Struggling, Why It Matters, and What to ・Do about It — Richard Reeves

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・The Wide Wide Sea: Imperial Ambition, First Contact and the Fateful Final Voyage of ・Captain James Cook — Hampton Sides

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・Help Wanted — Adelle Waldman

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『How to Know a Person』NYTのオピニオンコラムニストが提案する他者と良好な関係を構築する方法

ビル・ゲイツが投稿した2024年夏の推薦読書リストに挙げられているデイヴィッド・ブルックス著『How to know a person: the art of seeing others deeply and being deeply seen』(人を知る方法:他者を深く見て、他者から深く見られる技術)は、いわゆるセルフヘルプ系の書籍である。著者は、20年にわたりニューヨーク・タイムズのオピニオンコラムニストを務め、PBS NewsHourにも定期的に出演している。

本書は、どのようなきっかけで執筆されたのか。ブルックスは、現代社会において人々が以前よりも孤独を感じ、互いに繋がることが難しくなっていることを問題視している。特にソーシャルメディアスマートフォンの普及は、人々の対面でのコミュニケーションを減少させ、真の繋がりを阻害していると主張する。また、政治的分極化、経済格差、文化の多様化が、社会の分断を加速させているとも指摘する。これにより、人々の間に溝が広がり、異なる立場や背景を持つ人々が、互いに理解し合い、共存していくことが難しい時代になっているのだ。

さらに、現代では多くの人々が感情を抑圧し、本音を隠すことが美徳とされる風潮がある。競争社会の中で、人々は弱さや脆さを見せることを恐れ、常に完璧に振る舞おうとする。その結果、感情を閉ざし、他者の気持ちを理解し、寄り添うことができなくなっている。これが、個人レベルから社会全体に至るまで、他者との関係がぎすぎすし、攻撃的な言動が増加する原因となっている。

ブルックスは、すべての人間が「ありのままの自分」を認められ、受け入れられることを渇望していると述べる。彼はこれを「見られること」と表現し、人々が互いに「見る」、そして「見られる」経験を通してこそ、自己肯定感や幸福感を得ることができると説く。しかし、現代社会では効率性や生産性が重視され、「見られること」の重要性が軽視されている。人々は他者を深く理解するための時間や労力を惜しみ、表面的な付き合いに終始してしまう。

本書によれば、「見られること」は単なる承認欲求ではなく、人間として生きる上で欠かせない欲求である。そして、他者を深く「見る」こと――その人の個性や価値観、感情に心を向けること――が、より人間らしい温かい社会を築くことにつながるのだ。

では、どうすれば他者を深く理解し、繋がりを築けるのか。ブルックスは「見る」「共に過ごす」「対話する」「賢くなる」の4つの段階に分け、それぞれの段階で必要なスキルを提案している。

まず「見る」こと。ブルックスは「人間関係は最初のまなざしから始まる」と強調する。初対面の相手と会う時、私たちは無意識に「この人は私に親切にしてくれるだろうか」「私はこの人にとって価値のある存在だろうか」といった問いを投げかけているという。その答えは、言葉より先に目を通して相手に伝わる。だからこそ、相手を値踏みしたり、欠点を探したりするのではなく、温かさと敬意を持ってまなざしを向けることが大切だ。そうすることで、相手に安心感や自己肯定感を与えるとともに、相手の表情や仕草、声のトーンや言葉遣いなど、あらゆる情報を観察することができる。

次に「共に過ごす」。この段階では、必ずしも深い話をする必要はない。ただ一緒に時間を過ごすこと自体が、相手との心の距離を縮める上で重要である。相手に「寄り添うこと」を意識し、喜びや悲しみを分かち合う。そしてどんな状況下でも、その人の味方であることを態度で示す。たとえ相手の状況を完全に理解できなくても、「寄り添う」姿勢を示すだけで、相手に安心感と勇気を与えることができるのだ。

次の段階は「対話する」である。心を通わせるために、一方的に話すのではなく、会話を通して互いの理解を深めることが必要だ。相手を深く知るためには、適切な質問をすることが重要だとブルックスは述べている。「なぜそう思ったのか」「どんな時にそう感じるのか」といった質問は、相手の経験や感情、価値観を深く理解するための手助けとなる。そして、質問をしたなら相手の話を最後まで聞く。相槌や復唱を効果的に用いることで、相手は「自分の話が理解されている」「受け入れられている」と感じ、より安心して話せるようになる。

最後の段階は「賢くなる」である。他者を深く理解し、真につながるためには、自分自身の内面を見つめることが必要だ。ブルックスは、文学、歴史、哲学、心理学、宗教など、様々な分野の知識を深めることが他者理解に役立つと説く。多様な価値観や考え方、生き方に触れることで、視野が広がり、共感力も高まる。同時に、自分の強みや弱み、価値観を客観的に見つめることも欠かせない。著者は日記を書いたり、瞑想を取り入れることも、自分を見つめ直すための有効な手段だと提案している。

これらの方法は、傾聴やアクティブリスニングのハウツーと似ている部分もある。しかし、アメリカ政治や世界情勢を見ると、人類は他者との良好な関係を再び学び直す必要があるように思える。ブルックスが唱える「人を知る方法」を実践することが、今まさに求められている。

『Brave New Words』サルマン・カーンがAIと教育の楽観的な未来を語る一冊

ビル・ゲイツが投稿した2024年夏の推薦読書リストに挙げられている『Brave New Words: How AI Will Revolutionize Education (and Why That’s a Good Thing)』(すばらしい新たな言葉:AIが教育に革命を起こす理由(そしてそれが良いことである理由))は、カーン・アカデミーの設立者であるサルマン・カーンがAIが教育に与える影響について考察した一冊である。

著者はAIが教師に取って代わるものではなく、教師が生徒とより深く関わるための時間を与えるツールになると考える。採点、進捗レポート、授業計画の作成などの反復的なタスクを自動化することで、教師が指導やメンタリングに集中できるようになる。さらに、AI搭載の個別指導システムは、個々の生徒のニーズに合わせて学習をパーソナライズすることで、教師が生徒一人一人の学習進捗をより深く理解できるようにする。このパーソナライズされたサポートにより、教師は生徒ごとに強みと弱みをより的確に把握し、より的を絞った指導を提供することができる。

生徒同士の協調性の向上もAIがもたらすプラスの側面だと著者は主張する。AI搭載のツールは生徒同士を結びつけ、共同作業を促進し、互いに学び合うためのインタラクティブな学習環境を提供する。AIは生徒の学習進捗に関する分析を提供することもでき、生徒同士が強みと弱みを補完し、互いに助け合うよう促すものとなる。また、生徒の学習進捗に関するリアルタイムのフィードバックは親にも提供され、親と教師の有意義な話し合いを促進することも可能になる。この透明性により、親は子供の教育に積極的に関与することができる。

カーン・アカデミーは既に「Khanmigo」と呼ばれるAIを活用した教育プラットフォームを実用化し、生徒に提供している。新たなシステムを用いて、個別指導、ソクラテスメソッド、多様な学習体験、教師へのサポートを従来の教育の枠を超えたレベルで実現している。

しかし課題もある。生徒が「Khanmigo」を使って宿題をしたり、作文を書いたりする可能性は排除できない。このプラットフォームには不正行為を防ぐための対策を講じているが、完全に排除することは難しい側面もある。さらに、生徒の学習状況や進捗に関するデータを収集することも個人情報漏洩のリスクと背中合わせである。もっぱら生徒の学習を支援する目的で収集され使用されるものだが、プライバシーの保護をどこまでしっかり行えるかも重要な課題と言えるだろう。

とはいえ、サルマン・カーンはAIが教育にもたらす影響をポジティブに捉えている。彼はAIが地理的、経済的な障壁を取り払い、すべての人に質の高い教育を提供できると信じている。その主張の根底にあるのは、すべての人が質の高い教育を受ける権利があり、AIはその実現を大きく前進させる力を持っているという信念だ。従来の教育システムが抱える、機会の不平等やリソースの不足といった問題を、「AIが解決する」ではなく「AIで解決する」という決意が満ち溢れている。

『Brave New Words』という書名は、オルダス・ハクスリーの小説『Brave New World』(すばらしい新世界)から来ていることは明白である。ハクスリーは機械文明の発達による繁栄を享受する一方で、自らの尊厳を見失う人類社会をディストピア小説として描いている。著者はあえてこの書名にすることで、AI技術の進歩が人々に連想させる負の側面を逆手に取り、ポジティブな側面を社会に訴えようとする意図があるのかもしれない。我々が考えるよりも速いスピードで変化する社会において、本書はさらにその先を意識させる一冊と言えるだろう。

『Infectious Generosity』TEDのキュレーターが考える“伝染する寛容さ”で社会を変える方法

ビル・ゲイツが投稿した2024年夏の推薦読書・ドラマリストに挙げられている『Infectious Generosity: The Ultimate Idea Worth Spreading』(伝染する寛容さ:広める価値のある究極のアイディア)は、著者のクリス・アンダーソンが寛容性が持つ秘めた力と、それが個人・企業・コミュニティにどのように広がり、より希望に満ちた世界を想像できるかについて考察した一冊である。

クリス・アンダーソンはTEDのキュレーターとして、膨大な数の講演をオンラインで無料公開してきた。彼は何百万人もの人々が無料で学習できる機会を提供し、知識やアイデアを共有することが、いかに多くの人々に力を与え、世界にプラスの影響を与えることができるのかを身をもって示してきた。その意味で著者は寛容さの実践者とも言える。

TEDの存在を世界中の人々が知るようになったきっかけには、過去十数年にわたって急速に発展してきたソーシャルメディアの存在がある。著者はそれが人々の怒りや分断を増幅させている現状を批判しているが、同時にインターネットが持つ可能性を信じ、より良い方向へと進むことを願っていることがひしひしと伝わってくる。特に、ソーシャルメディア企業に対しては、アルゴリズムの設計やビジネスモデルを見直し、人々の「善意」を引き出すようなプラットフォーム作りが今後求められる必要だと訴える。

とはいえ本書は、必ずしも大規模な慈善活動を行う必要はなく、日々の生活の中で周りの人に目を向け、小さな親切を積み重ねることが重要だと説いている。例えば、困っている人を見かけたら手を差し伸べる、感謝の気持ちを言葉で伝える、オンラインでポジティブなコンテンツを共有するなど、誰でもできることから始めることが大切だと述べている。

また、著者はインターネットやソーシャルメディアの登場により、従来の慈善活動やボランティア活動とは異なる、新しい形の寛容さが生まれていると考える。例えば、オンラインで知識やスキルを共有する、クリエイティブな作品を無償で公開する、ソーシャルメディアで困っている人を支援するなど、誰もが「発信者」となって、影響力を持つことができる時代になったと指摘している。

こうした個人の寛容さが他人を刺激して、親切の連鎖を生み出すことが、著者の考える「伝染する寛容性」であるに違いない。もちろんそれは純粋に利他的である必要はなく、個人的な満足感、評判の向上、新しい機会の創出などの利己的な動機を伴うこともある。しかし大切なのはその寛容な行動が、結果的に誰かの役に立ち、世界を少しでも良い方向に変えるのであれば、それは賞賛されるべきだと著者は主張する。

現代社会では、親切な行動に対して「偽善」と決めつけたり、動機を必要以上に詮索したりする傾向が強い。しかしそのような批判は人々の行動意欲を削ぎ、結果的に「意地悪」な世界を助長してしまう。著者によれば大切なのは行動そのものであり、「完璧な善意」を求めるのではなく、「不完全な善意」も受け入れながら寛容さを広げていくことの重要性を示唆している。ある場合、影響力を持つインフルエンサーや企業に対しては、その影響力を活かし「かっこいい親切」を提示することが、結果的により多くの人々に「伝染する寛容性」の輪を広げていくことができるのではないかというのだ。

『Infectious Generosity』は現代社会における「寛容さ」の重要性を改めて認識させ、デジタル時代における新たな「与える」かたちの可能性を示唆するものである。キリスト教文化圏にない日本の読者にとって、フィランソロピーやチャリティーという言葉が持つ本質的な意味を考えるうえでも一読の価値がありそうだ。

『The Woman』ベトナム戦争の影に隠れていた従軍看護師たちの奮闘を描く歴史小説

ビル・ゲイツが投稿した2024年夏の推薦読書・ドラマリストに挙げられている『The Woman』はクリスティン・ハンナによるベトナム戦争の時代の従軍看護師を主人公にした歴史小説である。

主人公は若い女性 フランシス・マクグラス(通称フランキー)。物語は1966年に兄のフィンリーがベトナム戦争に従軍するため、送別会を開くところから始まるフランキーは兄の親友が言った「女性も英雄になれる」という言葉に心を打たれ、看護師として陸軍に入隊することを決意する。

ベトナムに到着した彼女は、病院の劣悪な環境と負傷した兵士たちの悲惨な状況に圧倒される。最初の手術で、切断された足が入ったブーツを渡され、「こんなはずじゃなかった。私はここにいるべきじゃない」と弱音を吐く。しかし過酷な状況下でも、フランキーは持ち前の優しさと責任感から、懸命に看護師としての職務を全うしようとする。

ベテラン看護師であるバーブとエセルとの友情が、彼女にとって大きな支えとなる。彼女たちは、戦場で多くの命を救い、また互いに支え合いながら、過酷な日々を生き抜く。フランキーは経験を積むにつれて優秀な外科看護師として成長していく。停電の中、爆撃音を聞きながら、懐中電灯を口に加えて手術を行うほどになる。

しかし戦場での経験は、フランキーの心に深い傷跡を残していく。恋人である医師ジェイミーを失い、兄の親友であるパイロットのライとの関係にも苦悩するようになる。

物語は主に、ベトナム野戦病院とフランキーの故郷であるカリフォルニア州コロナド島という対照的な二つの場所を舞台に展開される。ベトナムでは戦争の生々しい現実と病院での緊迫した状況が描写され、コロナド島はフランキーにとっての安息の地として描かれている。

任務を終え帰国したフランキーは、アメリカ社会の冷たい仕打ちに衝撃を受ける。当時のアメリカは、ベトナム戦争に対する風当たりが強く、帰還兵は英雄として扱われるどころか、非難の対象になることも少なくなかった。両親でさえ彼女の戦争への参加を恥じるようになり、PTSDに苦しむ彼女は適切な治療も受けられずに苦悩する。女性がベトナム戦争に従軍していたという事実を知る人は少なく、フランキーは、自らの経験を語っても誰にも理解されず、孤独を深めていく。そのようにして故郷でさえも心の安らぎを得ることができなくなってしまうのだ。

著者のクリスティン・ハンナは、ベトナム戦争に従軍した女性たちの貢献と犠牲を歴史の表舞台に立たせたいという思いからこの物語を書いたそうだ。彼女はこの戦争を経験した世代の一員として、子供時代からベトナム戦争の影に覆われてきたという。また、パンデミック中に最前線で働く医療従事者たちの姿を見て、ベトナム戦争に従軍した看護師たちの経験を重ね合わせ、今こそ彼女たちの物語を語るべきだと感じたそうだ。

これまでのベトナム戦争を題材した作品は、男性兵士の視点から描かれたものがほとんどだったが、著者は女性の視点から戦争の現実を描写することでこれまでとは異なる戦争の側面を浮き彫りにしようとしている。また男性社会である軍隊の中で、女性たちが互いに支え合い、励まし合いながら過酷な現実を生き抜いていく姿は、現代の読者の心をも打つに違いない。

クリスティン・ハンナによる2015年の作品『The Nightingale』はエル・ファニングダコタ・ファニングの共演が決まったことで話題となったが、公開延期を経て2024年中にアメリカで公開されるのではないかと言われている。『The Woman』については2024年2月の書籍発売を前に、1月の時点でワーナーブラザーズが映画化権を取得したと報じられている。2作とも戦争と女性を描く映画として今から注目に値する。

『The Woman』はベトナム戦争の歴史の影に埋もれていた従軍看護師たちの物語に触れ、戦争の現実と、帰還兵が直面する苦悩を女性の視点から深く理解するのに貴重な読書体験になるはずだ。

『Nexus』ユヴァル・ノア・ハラリが読み解く情報ネットワークの歴史とAI時代への鋭い警鐘を鳴らす一冊

2024年9月10日に発売された『Nexus: A Brief History of Information Networks from the Stone Age to AI』(ネクサス:石器時代からAIまでの情報ネットワークの歴史)は、イスラエル歴史学者 ユヴァル・ノア・ハラリによる最新作となる。彼のこれまで出版した書籍は65ヶ国語に翻訳され、4,500万部以上が販売されている。

世界中が注目する彼の最新作は人類史を通して、情報がどのように社会を形成してきたかを考察し、情報ネットワークの歴史と未来への展望を描いている。石器時代から聖書の聖典化、近世の魔女狩りスターリン主義、ナチズム、そして現代のポピュリズムの復活に至るまで、さまざまな実例を挙げながら、情報と真実、官僚主義と神話、英知と権力の複雑な関係について考察している。

ハラリは、AIが人類文明の発展における根本的に新しい力だと主張している。いずれAIは人間の思考様式を「ハッキング」し、言語。文化、社会を操作する能力を持つと警告している。歴史を通じて人類は、社会、政治、経済、技術など、様々なネットワークを通じて協力し、力を獲得してきた。そしてAIやデジタル技術は、これらのネットワークをこれまで以上に複雑化させ、人間の管理能力を超えた存在になりつつある。

著者は、歴史が倫理と道徳に関して貴重な教訓を与えてくれることを強調している。歴史は指導者や一般の人々の過去の選択と結果を示すことで、私たち自身の選択について深く考えさせる。過去の過ちから学び、AIなどの新しいテクノロジーと向き合うことで、より良い未来を想像できる可能性があることも示唆している。

とはいえ、彼はAIを人間のコントロールを超えて動作するかもしれない「異質な知性」と呼び、その危険性を警告している。AIは単なる遊び道具ではなく、独自に意思決定を行い、新しい知識を生み出す可能性を秘めている。AIの進化は人間の社会構造を根本的に変え、既存の不平等をさらに悪化させる可能性すらある。また、AIがオンラインの議論を毒したり、権威主義ポピュリズムの台頭を後押ししてしまうかもしれない。

情報革命は常に人間の反映と引き換えに代償を伴う。新しい技術が登場し、情報がかつてないほど広範囲に、そして迅速に伝達されるようになると、玉石金剛の情報が溢れ、その中には有害な情報も含まれるようになる。

例えば15世紀にヨーロッパで印刷技術が発達し、s知識の普及と宗教改革を促す一方で、魔女狩りの手引書「魔女の鉄槌」のような有害な情報の拡散につながった。また、近年ではソーシャルメディアアルゴリズムがユーザーの関心を最大化するために、ヘイトスピーチや偽情報を拡散してしまうケースが問題視されている。ミャンマーで発生したロヒンギャ族に対する民族浄化では、Facebookアルゴリズムが悪用され、ヘイトスピーチが拡散されたことで状況が悪化したと指摘されている。これと同じように、AIが人間社会に統合されつつある現代において、人工知能の判断に全く従ってしまうなら、意思決定プロセスが不透明になり、説明責任の所在がわからないままに物事が進んでいくことになりかねない。

このように、ユヴァル・ノア・ハラリは『Nexus』のなかで、歴史的視点からの警鐘、AIの潜在的な脅威への意識向上、民主主義と情報ネットワークの未来、そして技術革新と社会との関係について考察している。もしかすると既存の議論の中でも取り上げられているトピックも含まれるかもしれないが、ハラリは歴史的な視点と鋭い洞察力で、読者に対しAI時代を生きる上での課題と可能性を本書の中で問いかけていると言えるだろう。