『Hidden Potential』ビジネス書ランキング常連の心理学者による潜在能力についての考察

2023年10月に出版されたアダム・グラントの新作『Hidden Potential: The Science of Achieving Greater Things』*1は、人間の潜在能力の本質と、その開発方法に新たな光を当てる画期的な著作である。グラントは、潜在能力が生まれつきの才能ではなく、努力と適切な戦略によって開発可能であるという革新的な視点を提示し、読者に自己成長の新たな可能性を示唆している。

本書の核心は、グラントが提唱する潜在能力を開花させるための3つの重要な性格特性にある。これらの特性は、本書全体を通じて詳細に論じられ、豊富な事例と科学的根拠によって裏付けられている。

1. 不快を経験することを恐れないこと:
グラントは、成長のためには快適な領域から抜け出し、「不快感の生き物」(becoming a creature of discomfort)になることの重要性を強調する。例えば、語学学習において、完璧な発音を目指すあまり話すことを躊躇するのではなく、間違いを恐れずに積極的に話すことが上達への近道となる。グラントは、多言語話者の成功事例を引用し、不快な状況に身を置くことが、習得の壁を打ち破る鍵となることを示している。この概念は、学習理論に新たな視点を提供し、従来の「コンフォートゾーン」重視の考え方に挑戦している。

2. スポンジのように情報を吸収する:
第二の重要な特性として、グラントは「人間のスポンジ」のように情報を吸収することの重要性を説いている。ここで注目すべきは、単なる情報の吸収ではなく、有益な情報を選別する「フィルター」の必要性も同時に強調している点だ。特に興味深いのは、過去の行動に対するフィードバックよりも、未来志向のアドバイスを求めることの有効性を主張している点である。この考え方は、従来のフィードバック理論に新たな視点を加え、より建設的で実行可能な成長戦略を提示している。

3. 完璧主義を捨てる:
三つ目の特性として、グラントは完璧主義の罠を避け、失敗から学ぶことの重要性を強調している。完璧主義者は既知の問題を解決することには長けているが、現実世界の予測不可能な課題に適応することが困難だと指摘する。自身のダイビング経験を例に挙げ、小さなミスにこだわることが却って成長を妨げる可能性があることを示している。この主張は、失敗を恐れる現代社会に対する挑戦的なメッセージとなっている。

グラントは、これらの性格特性が生まれつきのものではなく、意識的な努力と訓練によって獲得可能であると主張する。この視点は、固定的な才能観に囚われがちな読者に、自己成長の新たな可能性を示唆する点で大きな意義を持つ。グリット、好奇心、EQなどの資質が、認知能力よりも成功を予測する上でより強力な指標であるという主張は、教育や人材開発の分野に重要な示唆を与えている。

本書の強みは、これらの特性を育成するための具体的な方法を、豊富な事例と科学的根拠を基に提示している点にある。例えば、チリの鉱山落盤事故での救出作戦を例に挙げた「ブレインライティング」の説明は、集団の潜在能力を引き出す革新的な方法として興味深い。

ブレインライティングは、従来のブレインストーミングの代替手法として、グラントが強く推奨している創造的問題解決の手法である。この手法の主な特徴は以下のようにまとめられる。

1. 匿名性:
参加者は最初に自分のアイデアを匿名で書き出す。これにより、地位や人間関係に関係なく、自由に意見を表現できる環境が作られる。

2. 平等な参加:
従来のブレインストーミングでは、発言力の強い個人が議論を独占してしまう傾向があった。ブレインライティングでは、全ての参加者が等しくアイデアを提供する機会を得られる。

3. 並行処理:
全員が同時にアイデアを書き出すため、短時間でより多くのアイデアを生み出すことができる。

4. 深い思考:
口頭でのブレインストーミングと比べ、書くという行為によって、より深く考える時間が確保される。

5. 建設的な評価:
イデアが匿名で提出された後、グループでそれらを評価し、議論する。この段階で、アイデアの長所短所を客観的に分析できる。

グラントは、この手法の効果を示す例として、チリの鉱山落盤事故での救出作戦を挙げている。この事例では、広範囲の専門家からアイデアを集めるために、ブレインライティングに似たプロセスが採用された。

特筆すべきは、24歳のエンジニア、アイゴール氏が提案した革新的なアイデアである。彼は、従来の方法ではなく「クラスターハンマー」を使って既存の坑道を拡張する計画を提案した。このアイデアは当初懐疑的に受け止められたが、アンドレ・スーガレット氏が主導する開かれた協調的な環境の中で共有され、議論され、最終的に採用された。このアプローチは、33人全ての鉱山労働者の命を救う上で重要な役割を果たした。グラントは、この事例を通じて、ブレインライティングが従来のアプローチでは得られなかった革新的なソリューションを生み出す可能性を持つことを示している。

本書は個人の成長と成功に関する新たな視座を提供する、今の時代にまさに必要とされている著作である。著者の分析と実践的なアドバイスは、ビジネスパーソンのみならず、未来ある子供たちの潜在能力を再発見し、それを解き放つための具体的な道筋を示している。「不快を恐れない」「スポンジのように吸収する」「完璧主義を捨てる」という3つの核心的な性格特性を中心に展開される本書の議論は全ての人々にとって、貴重な指針となるだろう。​​​​​​​​​​​​​​​日本のビジネス書ランキングでも、アダム・グラントの歴代の著作と合わせて、大きな話題を呼ぶに違いない。

*1:日本語訳 潜在能力:より大きな成果を出すための科学