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『Drive Your Plow Over the Bones of the Dead』連続殺人事件の謎解きと見せかけて人間中心的な社会を批判するオルガ・トカルチュクの小説

2018年に『逃亡派』でブッカー国際賞を受賞し、同年にノーベル文学賞を受賞したポーランドの作家オルガ・トカルチュク。彼女が2009年に発表した小説『Drive Your Plow Over the Bones of the Dead』は、2018年に英訳され、2019年には米国でも出版された。本作品は、人間と動物の複雑な関係、そして社会における正義や倫理といった深遠なテーマを探求する、サスペンスフルで哲学的な作品である。本作はデュア・リパ主催のブッククラブで2025年1月の課題図書として選定されている。

舞台はチェコ国境近くの辺地にあるポーランドの村。主人公のヤニーナ・ドゥシェイコは、60代の風変わりな女性で占星術を深く信じ、動物を愛し、ウィリアム・ブレイクの詩を愛読している。彼女は村で変わり者として扱われ、孤独な生活を送っている。冬の間、避寒のために訪れる裕福な住民が去った村で、ヤニーナは彼らの別荘の管理をしながら静かに暮らしていた。しかし、ある冬の日、近所の猟師ビッグフットが自宅で死体となって発見される。死因はシカの骨による窒息死だった。その後も村では、警察署長、毛皮農場主、キノコ協会会長など、いずれも狩猟愛好家である村の有力者たちが次々と不可解な死を遂げていく。ヤニーナは、動物たちが人間の残虐行為に対する復讐として彼らを殺害したのではないかと警察に訴えるが、彼女の主張は占星術的な根拠に基づくものであり、真剣に取り合ってもらえない。

ヤニーナは、社会の規範から逸脱した人物として描かれている。彼女は占星術に傾倒し、動物の権利を強く主張し、独自の信念体系に基づいて行動する。周囲の人々からは奇人変人として見なされ、しばしば軽視されたり、嘲笑の対象となったりする。しかし、ヤニーナの型破りな行動や思想は、読者にとって魅力的であり、彼女に共感を抱かせる要因となる。

ヤニーナは元橋梁技師という意外な経歴の持ち主であり、その知性と洞察力は、一見奇抜に見える彼女の言動の中に垣間見える。彼女は社会の不条理や人間の偽善を鋭く見抜き、それをウィリアム・ブレイクの詩や占星術の言葉を用いて表現する。

トカルチュクは本作を通じて、人間と動物の関係について根本的な問いを投げかけている。なぜ人間は動物を殺すことを正当化できるのか?狩猟はスポーツとして許されるべき行為なのか?動物にも人間と同じように生きる権利があるのではないか?ヤニーナは、動物に対する人間の残虐行為に憤りを感じ、動物たちの声なき声を代弁しようとする。

ヤニーナは、動物の権利は人間の権利と同等であるべきだと主張する。彼女は、動物を殺すことは殺人と同じであり、動物虐待は犯罪として厳しく罰せられるべきだと考える。この主張は、動物愛護の観点からだけでなく、人間中心主義的な価値観に対する批判としても捉えることができる。

本作は、サスペンス小説の形式をとりながらも、社会における正義や倫理といった深遠なテーマにも深く切り込んでいる。ヤニーナは、法律が必ずしも正義を反映しているわけではないことを認識し、自らの信念に基づいて行動することを決意する。彼女の行動は、法と道徳の葛藤、そして個人の良心と社会の圧力の間で揺れ動く人間の複雑な心理を浮き彫りにする。

本作は、ヤニーナの視点で語られる一人称小説であり、読者は彼女の主観的な世界観を通して物語を体験する。ヤニーナは信頼できない語り手であり、彼女の言葉には偏見や妄想が混在している。しかし、その偏った視点を通して描かれる世界は、独特のユーモアと哀愁に満ちており、読者を惹きつける魅力を持っている。

各章はウィリアム・ブレイクの詩の引用で始まり、ヤニーナはブレイクの詩をポーランド語に翻訳することに情熱を燃やしている。ブレイクの詩は、ヤニーナの思想や行動を理解する上で重要な鍵となる。ブレイクは、人間と自然の調和、そして抑圧からの解放を訴えた詩人であり、彼の思想はヤニーナの動物愛護の信念と共鳴する。

オルガ・トカルチュクはインタビューの中で作品タイトル『死者の骨の上に汝の鋤を通せ』の由来と、それが示唆するテーマについて語っている。これは18世紀に活躍したイギリスの詩人、ウィリアム・ブレイクによる『地獄の格言』の一節である。ブレイクは、作者の世代にとって反体制、反権威を象徴する詩人であり、彼の作品は共産主義体制下のポーランドの若者にとって、暗く抑圧的な現実からの解放を意味していた。

「死者の骨」は主人公ヤニーナにとって、社会に蔓延する古い慣習や偏見、人間中心的な価値観を象徴しているのかもしれない。作中で彼女は動物を殺すことを正当化する狩猟文化や、権威を振りかざす権力者たちに憤りを感じている。ヤニーナは「死者の骨」の上に鋤をかけることで、そうした古い価値観を覆し、新しい世界を創造しようとしているのかもしれない。

『Drive Your Plow Over the Bones of the Dead』は、サスペンスフルな展開と哲学的な考察が巧みに織り交ぜられた、奥深い作品である。トカルチュクは、人間中心的な社会に対する批判と、動物に対する倫理的な扱いの必要性を、型破りな主人公ヤニーナを通して鮮やかに描き出している。

▼本作がデュア・リパ主催のブッククラブで2025年1月の課題図書に選ばれました。彼女とオルガ・トカルチュクの対談がYouTubeで公開されています。

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