2025年1月に発売されたアリア・エイバーの『Good Girl』は、アフガニスタン難民の両親を持つ19歳のドイツ人女性、ニーラが主人公の物語だ。彼女はベルリンの公営住宅で育ち、自身のアフガニスタンというルーツに強い羞恥心を抱えている。寄宿学校から18歳でベルリンに戻ったニーラは、亡くなった母親の不在や父親の態度にうんざりし、自身の居場所を求めてベルリンのアンダーグラウンドカルチャーへと身を投じる。
物語の主要な舞台となるのは、テクノクラブ「ザ・バンカー」だ。そこでニーラは、アメリカ人作家で36歳のマーロウ・ウッズと出会い、彼の魅力に引き込まれる。友人たちはマーロウとの関係に深く入り込むことを警告するが、ニーラは彼との恋愛関係を深めていく。
ニーラはマーロウと共に、ドラッグ(スピード、ケタミン、MDMAなど)やセックスに耽溺し、退廃的なベルリンのナイトライフを探求する。マーロウはニーラに個人的な自由と芸術的な解放をもたらす一方で、その関係は次第に支配と依存の色合いを帯びていく。また、マーロウにはガールフレンドが存在し、ニーラはその女性とも奇妙な友情を築く。
物語は、ニーラの自己探求とアイデンティティの確立の旅を中心に展開する。彼女は周囲に自分がギリシャ人だと嘘をつき、自身のルーツを隠そうとする。それは、9.11後のドイツにおけるイスラム教徒やアラブ人に対する社会の偏見を肌で感じてきたことによるものだ。
ニーラは写真家を目指すが、それは現実からの逃避や自己の隠蔽の手段でもある。また、フランツ・カフカの作品をはじめとする文学との出会いは、彼女自身の孤独や異質さを理解する上で重要な役割を果たす。
物語の中では、家族のトラウマや喪失も重要なテーマとして描かれる。亡き母親はかつてフェミニストの革命家であり、その存在はニーラに大きな影響を与えている。また、かつてアフガニスタンで医師として裕福な生活を送っていた両親の過去は、現在の彼らの姿とのギャップとして、ニーラに拭い去れない空虚感をもたらす。
クライマックスの一つとして、ニーラはマーロウの仕事でヴェニスを訪れる。初めて見る海に心を動かされ、彼女は自身の秘密を打ち明ける決意をする。最終的に、ニーラはマーロウとの関係を断ち切り、自身のルーツを受け入れ、「ギリシャ人」であることをやめる。彼女はベルリンを離れ、ロンドンで写真を学ぶ道を選び、父親とも率直な対話をするようになる。
エイバーはドイツ生まれで、アフガニスタンからの難民の両親を持つ。彼女はファルシー語とドイツ語を母語とするが、10歳から通ったバイリンガルスクールでの経験から英語も堪能である。ロンドンのゴールドスミス・カレッジで英文学を学び、詩作を始めた。2019年には初の詩集『Hard Damage』をネブラスカ大学出版局から刊行し、プレーリー・スクーナー賞を受賞するなど、詩人としての評価を確立している。『Good Girl』は彼女にとって初の小説となる。
著者がこの小説の舞台としてベルリンを選んだ理由として、移民とクラブカルチャーという二つの並行する社会を描きたかったと語っている。主人公のニーラは、ドイツ社会に適切に同化していないと非難されるトルコ人のコミュニティ(移民や難民を含む)と、資本主義的な世界とは異なる快楽を中心としたライフスタイルを送るクラブシーンの狭間で、流動的に移動する人物として描かれている。好奇心旺盛で刺激に飢えている主人公の視点だからこそ、成長物語としての魅力が際立っている。
本書は、「Good Girl」(良き娘)という伝統的な規範に挑戦し、過ちを繰り返しながらも自己を発見していく、若い女性の痛みを伴う成長の物語である。さらに移民2世の内面を理解する上でも助けになる作品と言えるだろう。
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