『Help Wanted』大型量販店の早朝品出しチームで働く人々の連帯と尊厳をユーモアを交えて描く

バラク・オバマ前大統領による2024年夏のリーディングリストに挙げられていたアデル・ウォルドマンの小説『Help Wanted』は、コストコに似た大型量販店を舞台に、そこで働く従業員の物語を描いている。

舞台となる量販店は、最初にショッピングモールによって、そして今ではeコマースの登場とオフィスパーク(企業が集まった場所)の消失によって空洞化された地域にある。そこで働く人々はアメリカンドリームから締め出された時給労働者だ。彼らは午前4時に出勤し、午前8時の開店を目指して届いた段ボール箱を店内に引き込み新しい在庫を陳列する。

従業員たちは、無能で嫌われ者のマネージャーを追い出すために団結するようになる。嫌われ者の上司を昇進させれば、自分たちから遠ざけることができことに気づいた彼らは、自分たちを搾取するシステムを逆に利用して、労働条件を改善しようと試みる。こうした従業員の連帯をユーモアを交えつつ、労働者が人間性を失わず、尊厳を保ちながら生きていくことの大切さを描いている。
本作は現代アメリカにおける低賃金労働者の生活の生活の現実を浮き彫りにしている。登場人物の多くは、生活費を稼ぐために福利厚生のないパートタイムの仕事を掛け持ちしている。例えばあるシングルマザーは、事務的なミスでフードスタンプが使えなくなり、その間は教会のフードパントリーに頼らざるを得なくなる。低賃金の仕事から抜け出し、より良いキャリアを気づくことがままならず、教育や訓練を受けるための時間や経済的な余裕もない。昇進の機会も限られている。その結果、経済的な苦境から抜け出すことができずアメリカンドリームの実現など夢のまた夢という状況だ。このように物語全体が、より良い生活と正当な報酬を求めて奮闘する人々の様子を中心としている。

また小説の別の場面では、登場人物の1人が能力がありながらも、前科のために昇進の対象から外されてしまう様子が描かれている。このような状況は、過去の失敗が、個人がより良い生活を送る機会を得る上でいかに克服できない障害となり得るかを浮き彫りにしている。限られた昇進の機会と、それをめぐる熾烈な競争は、登場人物たちの絶望感をさらに悪化させ、閉塞的な状況に陥っていることを感じさせる。

『Help Wanted』(求人中)というタイトルは大型量販店が人材不足が深刻であるかのように装いつつも、実際には人件費削減のために意図的な人員不足を作り出していることを示唆している。また低賃金と不安定な労働時間、昇進の機会の制限などが離職率を高めているアメリカ社会の現状を暗示する上でも効果的なタイトルと言える。

著者のアデル・ウォルドマンは、2016年のアメリカ大統領選挙を通して経済問題に関心を持つようになり、自身も大型量販店で働き始める。当初は単に視野を広げることを目的としていたのだが、そこで働く人々の労働条件に愕然とし、その経験自体をフィクションとして描きたいと考えるようになったと語っている。彼女が最初に同僚に執筆中の小説について打ち明けた時、同僚たちはまさかウォルドマンが作家だとは信じなかったそうだ。しかし同僚の1人が彼女の最初の小説『The Love Affairs of Nathaniel P.』をネット上で発見し、小説執筆を応援してもらえるようになる。彼女は、もし自分が作家仲間の集まりで彼らのことを書いた小説を明かしたら、良い反応は得られなかっただろうと考える。同僚たちは小説執筆という世界に馴染みがなかったため、偏見を持たずにその話を受け入れたのだと分析している。彼らは自分たちの職場が小説の題材になることを驚きつつ、むしろそれを光栄に感じてくれたそうだ。

『Help Wanted』は著者が搾取の横行する低賃金労働者の生活に潜入し、不正を暴露するような小説ではない。むしろ労働者の世界そのものを物語の形で世に示し、ユーモアを交えつつ、より大きな社会システムの抱える問題を浮かび上がらせるタイプの作品だ。社会全体が流通業界の最底辺で働く人々に支えられている自覚を持ち、そこで働く人々の尊厳を意識する上で、この小説は大きな役割を果たしていると言えるだろう。