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『Monsters』芸術家の問題行動と作品を享受することのジレンマを考察する

「好きな芸術家の作品は、その作者が許されざる行為を犯したとしても、純粋に楽しめるのだろうか?」

これは、現代社会において多くの人が直面する、非常に難しい問題である。SNSの普及により、私たちはこれまで以上に芸術家の私生活を垣間見ることができるようになった。そして、尊敬する芸術家の裏の顔を知り、その作品を前に戸惑い、葛藤する経験をする人も少なくないだろう。

2023年4月25日に発売された『Monsters: A Fan's Dilemma』は、作家・批評家であるクレア・デデラーが、芸術家の問題行為と、彼らの作品を享受することのジレンマについて、自らの経験や葛藤を交えながら率直に考察した作品である。

本書の特徴は、明確な答えを提示するのではなく、読者自身の経験や感情に訴えかけ、自ら考えることを促している点にある。デデラーは、「モンスター」と化した芸術家の事例として、ロマン・ポランスキーウディ・アレンマイケル・ジャクソンなど、多岐にわたる人物を取り上げ、その問題行為と作品の関係性について深く掘り下げている。

デデラーは、問題行為を「汚れ」という概念を用いて説明する。これは、芸術家の過去の悪行が、あたかも「汚れ」のように過去の作品にまで広がり、作品に対する私たちの感じ方を変えてしまう可能性を示唆するものである。例えば、ポランスキー監督の代表作『チャイナタウン』は、映画史に残る傑作と評されている。しかし、彼が13歳の少女を薬漬けにしてレイプしたという事実は、この作品を「汚して」しまったのだろうか。

どの時点まで遡るのか、どの作品までが「汚れて」しまうのかには、明確な基準はない。これは、観客一人ひとりの主観的な判断に委ねられる部分と言える。例えば、マイケル・ジャクソンの児童性的虐待疑惑の場合、彼の音楽をどの時点から聴けなくなるのか、人によって判断は異なる。初期のジャクソン5時代は許容できても、ソロ活動以降は聴きたくないと感じる人もいれば、すべての作品が「汚れて」しまったと感じる人もいるだろう。

「モンスター」と化した芸術家に対する、ファンのジレンマも本書の重要なテーマである。作品への強い愛着を持つファンは、芸術家の問題行為を知ったとき、より複雑な感情にさいなまれることになる。デデラーは、ファンダムと消費主義の関係性にも言及し、作品をボイコットすることで倫理的な消費行動を示そうとすることの限界を指摘している。

さらに、デデラーは女性芸術家と「モンスター」の関係性についても考察を深めている。ドリス・レッシングやジョニ・ミッチェルといった女性芸術家の事例を挙げ、子どもを置いてきた母親という文脈で、女性にとっての「モンスター」とは何かを探求している。彼女たちの選択は、必ずしも賞賛されるものではないが、デデラーはそれを「モンスター」という単純なレッテルで片付けるのではなく、女性が置かれた状況や、彼女たちが直面した困難に目を向けようとしている。デデラー自身も母親として、「母親であること」と「芸術家であること」の両立の難しさを深く理解しており、子供を置いてきた母親たちを一方的に非難するのではなく、彼女たちの選択の背景にある複雑な事情を理解しようと努めている。

批評家としての立場から、デデラーは主観的な批評の重要性を強調する。作品に対する画一的な「正しい」反応を求めるのではなく、読者自身の経験や感情を重視し、多様な解釈を尊重する姿勢を貫いている。これは、インターネット上で頻繁に起こる、作品に対する「キャンセル・カルチャー」的な風潮への単純なアンチテーゼではない。むしろ、「キャンセル・カルチャー」の二項対立的な議論の枠組み自体への批判と捉える方が妥当だろう。

本書は、深刻なテーマを扱いながらも、ユーモアを交え、希望を感じさせる語り口も魅力である。読後には、芸術と倫理、個人と社会、愛と憎しみといった、複雑に絡み合った問題について、深く考えさせられると同時に、かすかな希望の光も見えてくるだろう。

▼本書は俳優のナタリー・ポートマンInstagramで紹介していた一冊です