『The Woman』ベトナム戦争の影に隠れていた従軍看護師たちの奮闘を描く歴史小説

ビル・ゲイツが投稿した2024年夏の推薦読書・ドラマリストに挙げられている『The Woman』はクリスティン・ハンナによるベトナム戦争の時代の従軍看護師を主人公にした歴史小説である。

主人公は若い女性 フランシス・マクグラス(通称フランキー)。物語は1966年に兄のフィンリーがベトナム戦争に従軍するため、送別会を開くところから始まるフランキーは兄の親友が言った「女性も英雄になれる」という言葉に心を打たれ、看護師として陸軍に入隊することを決意する。

ベトナムに到着した彼女は、病院の劣悪な環境と負傷した兵士たちの悲惨な状況に圧倒される。最初の手術で、切断された足が入ったブーツを渡され、「こんなはずじゃなかった。私はここにいるべきじゃない」と弱音を吐く。しかし過酷な状況下でも、フランキーは持ち前の優しさと責任感から、懸命に看護師としての職務を全うしようとする。

ベテラン看護師であるバーブとエセルとの友情が、彼女にとって大きな支えとなる。彼女たちは、戦場で多くの命を救い、また互いに支え合いながら、過酷な日々を生き抜く。フランキーは経験を積むにつれて優秀な外科看護師として成長していく。停電の中、爆撃音を聞きながら、懐中電灯を口に加えて手術を行うほどになる。

しかし戦場での経験は、フランキーの心に深い傷跡を残していく。恋人である医師ジェイミーを失い、兄の親友であるパイロットのライとの関係にも苦悩するようになる。

物語は主に、ベトナム野戦病院とフランキーの故郷であるカリフォルニア州コロナド島という対照的な二つの場所を舞台に展開される。ベトナムでは戦争の生々しい現実と病院での緊迫した状況が描写され、コロナド島はフランキーにとっての安息の地として描かれている。

任務を終え帰国したフランキーは、アメリカ社会の冷たい仕打ちに衝撃を受ける。当時のアメリカは、ベトナム戦争に対する風当たりが強く、帰還兵は英雄として扱われるどころか、非難の対象になることも少なくなかった。両親でさえ彼女の戦争への参加を恥じるようになり、PTSDに苦しむ彼女は適切な治療も受けられずに苦悩する。女性がベトナム戦争に従軍していたという事実を知る人は少なく、フランキーは、自らの経験を語っても誰にも理解されず、孤独を深めていく。そのようにして故郷でさえも心の安らぎを得ることができなくなってしまうのだ。

著者のクリスティン・ハンナは、ベトナム戦争に従軍した女性たちの貢献と犠牲を歴史の表舞台に立たせたいという思いからこの物語を書いたそうだ。彼女はこの戦争を経験した世代の一員として、子供時代からベトナム戦争の影に覆われてきたという。また、パンデミック中に最前線で働く医療従事者たちの姿を見て、ベトナム戦争に従軍した看護師たちの経験を重ね合わせ、今こそ彼女たちの物語を語るべきだと感じたそうだ。

これまでのベトナム戦争を題材した作品は、男性兵士の視点から描かれたものがほとんどだったが、著者は女性の視点から戦争の現実を描写することでこれまでとは異なる戦争の側面を浮き彫りにしようとしている。また男性社会である軍隊の中で、女性たちが互いに支え合い、励まし合いながら過酷な現実を生き抜いていく姿は、現代の読者の心をも打つに違いない。

クリスティン・ハンナによる2015年の作品『The Nightingale』はエル・ファニングダコタ・ファニングの共演が決まったことで話題となったが、公開延期を経て2024年中にアメリカで公開されるのではないかと言われている。『The Woman』については2024年2月の書籍発売を前に、1月の時点でワーナーブラザーズが映画化権を取得したと報じられている。2作とも戦争と女性を描く映画として今から注目に値する。

『The Woman』はベトナム戦争の歴史の影に埋もれていた従軍看護師たちの物語に触れ、戦争の現実と、帰還兵が直面する苦悩を女性の視点から深く理解するのに貴重な読書体験になるはずだ。