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『On Earth As It Is Beneath』満月の夜、囚人が「狩られる」刑務所――アナ・パウラ・マイアの暴力の寓話

隔絶された刑務所で、満月の夜になると囚人が一人ずつ解き放たれる。
だがそれは自由のためではない。所長が猟銃を手に「狩り」を行うためである。

2017年にブラジルで刊行されたアナ・パウラ・マイアの長編小説『Assim na terra como embaixo da terra』(英題:On Earth As It Is Beneath)は、こうした極限状況の中で人間の堕落と暴力の根源を描いた作品である。本書は2018年にサンパウロ文学賞を受賞し、2026年には国際ブッカー賞のロングリストにも選出された。

物語の舞台は、ブラジル中西部を思わせるが特定されない辺境の地にある、半ば廃墟と化した刑務所である。施設はすでに閉鎖間近であり、国家からも事実上忘れ去られている。そこで支配権を握るのは、精神を病んだ所長メルキアデスと、暴力に慣れきった看守タボルダである。

この小説の核心にある恐怖は、所長メルキアデスのサイコパス的な秩序維持の方法にある。満月の夜、彼は受刑者の一人を選び、敷地外に出ると爆発する電子足枷を解除して敷地内へ放つ。自由を与えられたと信じた囚人は当然脱走を試みる。しかしメルキアデスは野生の猪を猟銃で仕留めるかのように追跡し、射殺する。刑務所に残されたわずかな受刑者――老いた料理人ヴァルデニオ、その助手パブロ、そして屈強な男ブロンコ・ジウら――は、ここが「殺戮の野」であることを知りつつ生きている。法の介入も脱出の希望も存在しない空間で、彼らは常に死の順番を待つ存在と化している。

本書には「奴隷制の亡霊」という一貫したテーマがある。刑務所はかつて「カルヴァリオ・ネグロ(黒いゴルゴタ)」と呼ばれた奴隷農園の跡地に建てられている。受刑者たちが仲間を埋葬する際、地中から奴隷たちの骨が現れる。この地はかつて数多くの黒人奴隷が拷問を受け、殺害された場所だったのである。この描写を通じて著者は、植民地主義的暴力と現代の制度的人種差別が、形を変えながら持続していることを示唆している。

脚本家としての顔も持つ著者の文章は非常に視覚的で、映画的なリズムを持つと評価されている。物語には女性キャラクターが一切登場せず、描かれるのはもっぱら過酷で危険な労働に従事する男たちの世界である。著者はインタビューにおいて、自分自身が二十四時間女性であるからこそ、文学の中ではあえて荒々しい男たちの視点から物語を描きたいと語っている。その視線は、ゴミ収集作業員や屠畜場の労働者など、社会の周縁に追いやられ不可視化された人々へと向けられている。そして刑務所は更生の場ではなく「不要な者を保管する場所」と化しているのではないか――という問いが、この小説全体を貫いている。

また本作の物語世界は、「非時間的(atemporal)」な空間として構想されたという。携帯電話もインターネットも存在せず、固定電話だけがある世界である。そのため読者はしばしば舞台をポスト・アポカリプスの廃墟、1980年代のある一点、あるいは煉獄のような場所として解釈する。時代が特定されないことで、物語は寓話的な普遍性を帯びる。

さらに、本作の主人公ブロンコ・ジウは、前作『De Gados e Homens』(英題:Of Cattle and Men、牛と人間たち)に登場した牛追いでもある。出版順は逆だが、物語上の時間軸では本作の出来事が前日譚にあたる。著者は自作の人物と世界を横断させることで、暴力と労働の連鎖を一つの世界観として構築している。

タイトルの『Assim na terra como embaixo da terra』(On Earth As It Is Beneath)は、キリスト教の代表的な祈祷文「主の祈り」の一節を意図的に変形したものだという。ポルトガル語の祈りの原文では「Assim na terra como no céu(天にあるごとく地にも)」と表現されるが、本作では「no céu(天に)」の部分が「embaixo da terra(地の底に/地の下に)」へと置き換えられている。これにより、本来は神の意志が天で行われるように地上でも実現することを願う祈りが、まったく逆の意味へと転倒する。本作の世界では「地の底」――墓場や地獄、あるいは過去の暴力の歴史が堆積した場所――に属する残酷な論理が、そのまま現在の地上を支配しているのである。このタイトルは、刑務所の地下に埋められた死体や、囚人たちが「生きながらにして死んでいる」かのような状況を暗示すると同時に、地上の苦しみとも呼応する。こうした宗教的フレーズのパロディによって、作品全体には神学的対比の構造が組み込まれている。本作はこの示唆的なタイトルを通じて、ブラジルの刑務所制度に内在する暴力と、社会から忘れ去られた人々の不可視性を浮かび上がらせているのである。

アナ・パウラ・マイア(Ana Paula Maia)は1977年、ブラジルのリオデジャネイロ州ノヴァ・イグアスに生まれた作家・脚本家である。文学教師の母とバーの経営者の父を持ち、幼少期から本に囲まれて育ったが、思春期にはパンク・ロック・バンドで活動するなど、反骨精神あふれる背景を持つ。コンピュータ科学とコミュニケーション科学を学び、広告業界でコピーライターとして働いた後、2003年に『O Habitante das falhas subterrâneas』(地下の断層に棲む者)で作家デビューを果たした。その後、ゴミ収集や屠畜などの過酷な労働を描いた『Saga dos Brutos』(野蛮者たちのサーガ)三部作で注目を集め、ブラジル文学界において独自の地位を確立した。本作『Assim na terra como embaixo da terra』で2018年のサンパウロ文学賞(最優秀小説部門)を受賞し、翌2019年には次作『Enterre seus mortos』(死者を埋めよ)で同賞を二年連続で受賞するという快挙を成し遂げた。

本作の翻訳を手がけたパドマ・ヴィスワナサンは、カナダ系アメリカ人の小説家、エッセイスト、そして翻訳者である。彼女自身の小説は八カ国で出版されており、PEN USA賞やスコシアバンク・ギラー賞のファイナリストに選ばれるなど高い評価を得ている。翻訳者としては、ブラジルの作家グラシリアーノ・ラモスやジャミラ・リベイロの作品を手がけており、ブラジル文学を英語圏に紹介する重要な役割を担っている。

『Assim na terra como embaixo da terra』は、暴力の極限を描きながら、歴史、制度、身体、そして人間の魂の闇を凝視する作品である。読む者に安易な救済を与えることなく、しかし目を背けることのできない現実を突きつける。舞台となる刑務所は単なる物語の背景ではない。奴隷制から続く暴力の連鎖、国家に忘れ去られた人々の不可視性、そして制度そのものが孕む残酷さ――それらすべてを凝縮した、歴史の傷そのものである。その冷徹な眼差しと寓話的な構造の中に、本書の揺るぎない文学的強度がある。アナ・パウラ・マイアは、この極端に削ぎ落とされた世界を通して、現代社会に潜む暴力の連鎖を寓話として浮かび上がらせているのである。

breakfast-at-bnn.hatenablog.com

参考資料:

youtu.be

Ana Paula Maia: Longlisted for the International Booker Prize 2026 | The Booker Prizes

On Earth As It Is Beneath: Longlisted for the International Booker Prize 2026 | The Booker Prizes

Ana Paula Maia - Assim na terra como embaixo da terra

Assim na terra como embaixo da terra: livro premiado de Ana Paula Maia | Favo de Mellone