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『When We Were Real』シミュレーション後の世界で問われる「現実」とは何か

現実とは何かという問いが、ある日突然、全人類に突きつけられたとしたら。この世界が仮想現実であることが明らかになったとき、人はどう振る舞うのか。

2025年4月に刊行されたダリル・グレゴリイの長編小説『When We Were Real』(わたしたちが現実だったころ)は、「シミュレーション仮説」がもはや陰謀論ではなく、公認された「事実」となった後の世界を描いた独創的なSFロードノベルである。本作は2025年ネビュラ賞の長編小説部門ファイナリストとして選出されたことでも注目を集めている。

物語の舞台は、「アナウンスメント」と呼ばれる出来事から七年後の世界だ。その日、人類は自らがシミュレーションの中に生きる存在にすぎないと知った。発覚直後には「フリークアウト」と呼ばれるパニックが社会を席巻したが、やがて人々は奇妙な諦念とともに日常へと戻っていく。映画的な奇跡は起こらず、誰もが超能力を得るわけでもない。「それでも生き続けるしかない」という現実だけが残る。

その世界にはシミュレーションを否定しがたい証拠が存在する。それは物理法則を無視した「インポッシブルズ」と呼ばれる現象群だ。決して壊れない素材で固定された竜巻、首のないまま彷徨う羊、重力が逆転する間欠泉。人々が目覚めると「あなたはまだシミュレーションの中にいます」というポップアップが表示され、この世界の構造を日常的に思い知らせる。

物語は、こうした異様な世界を横断する巡礼の旅として展開される。「カンタベリー・トレイルズ」というツアーバスに乗り込んだ十九人の乗客が、北米各地のインポッシブルズを巡っていく。この構造は14世紀に書かれたジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』に着想を得たものであり、各人物に焦点を当てた語りが連なることで多層的な視点が生まれる。

登場人物たちはそれぞれ異なる仕方でこの「偽の現実」に向き合っている。再発した脳腫瘍を抱える元技術者JPと、その親友で漫画家のデュリンは、死と友情という切実な問題を引き受けながら旅を続ける。十九歳のインフルエンサー、リサ・マリーは自分が「面白い存在」であり続けようと奮闘する。神とシミュレーションの関係を探る修道女ジャネット、論理的でありながら不可解な現象に取り憑かれるラビのゼヴ。意識ある存在を狩るカルト集団から逃亡するギリアンや、すべてを政府の陰謀と主張し続けるリアリストもまた、この旅に加わる。

物語は当初、風変わりなロードノベルとしてユーモアと哲学的対話を織り交ぜながら進む。しかし次第に追跡者の影が濃くなり、銃撃や逃走が交錯するスリラーへと転調していく。異なる価値観を持つ者たちが極限状況の中で互いの特性を活かし合いながら生き延びようとする過程が、本作の緊張感を一段と高めている。

注目すべきは、著者が本作を「『マトリックス』の無実の傍観者版」と呼んでいる点だ。ネオのような選ばれし者が弾丸を避けて戦う陰で、名もなき警備員や通行人が次々と倒れていく描写に、著者はかねてから違和感を抱いていたという。たとえ命が「0」と「1」のコードで構成されていたとしても、愛を感じ、苦しみを味わうならば、それは現実の存在と何ら変わらないのではないか。グレゴリイは本作を通じて、超能力を持たない普通の人々の人生の重みを問い直している。*1

著者ダリル・グレゴリイは1965年にイリノイ州シカゴで生まれ、イリノイ州立大学で英語と演劇を学んだ。その後、高校教師を経てテクニカルライター、さらにコンピュータープログラマーとして長年働いた経歴を持つ。このテック業界での経験が彼の小説に独特の説得力を与えており、本作のソフトウェア的なメタファーやエンジニア的視点にも色濃く反映されている。2008年のデビュー作『Pandemonium』でクロフォード賞を受賞し、『The Devil’s Alphabet』でフィリップ・K・ディック賞最終候補、代表作『Spoonbenders』では世界幻想文学大賞とネビュラ賞の最終候補となるなど、着実に評価を積み重ねてきた。

『When We Were Real』は、シミュレーションというSF的設定を借りながら、人と人との関係や感情こそが揺るぎない真実であると訴える物語だ。登場人物たちはシステムを打ち破るのではなく、同じプラットフォームに生きる他者を支えることで意味を見出していく。現実の基盤が揺らいだとき、人間が最後に拠り所とすべきものは何か——本作はその問いに、静かだが確かな答えを差し出している。

参考資料:

youtu.be

https://thenerddaily.com/daryl-gregory-when-we-were-real-interview/

https://www.kirkusreviews.com/book-reviews/daryl-gregory-2/when-we-were-real/

Daryl Gregory - Wikipedia

breakfast-at-bnn.hatenablog.com

*1:The Nerd Dailyのインタビュー記事を参照