『Stone Yard Devotional』修道院で暮らし始めた中年女性に訪れる内なる旅路を描く

2023年10月に発売されたシャーロット・ウッドの最新作『Stone Yard Devotional』は、静謐さと内省的な深みを兼ね備えた傑作である。この小説は、現代社会の喧騒から逃れ、オーストラリアの田舎にある修道院に身を寄せた一人の女性の物語を通じて、信仰、共同体、そして個人の内なる旅路という普遍的なテーマを探求している。

物語は、名前の明かされない中年女性の視点から語られる。彼女は仕事上の危機と結婚生活の破綻を経験し、幼少期を過ごしたニューサウスウェールズ州の小さな町にある修道院のゲストハウスに滞在することを決意する。無神論者である語り手が、信仰とは無縁の場所で静寂と内省を求めるという設定は、現代社会における精神性の探求の新たな形を示唆している。

ウッドの筆致は簡潔かつ詩的で、オーストラリアの荒涼とした風景と修道院の閉ざされた世界を鮮やかに描き出す。日常生活の些細な瞬間、習慣、短い会話の積み重ねによって構成された物語は、読者を語り手の内面世界へと静かに誘う。この手法は、物語のペースを緩やかにし、読者に熟考の時間を与える効果をもたらしている。

物語の核心には、喪失、赦し、女性としての生き方、そして外部世界の騒乱から逃れようとする試みといったテーマが据えられている。これらのテーマは、三つの重要な「訪問」を通して巧みに探求されている。

まず、気候変動の影響で引き起こされたネズミの大発生が修道院を襲う。作者は、閉じた窓の網戸に這い回るネズミの群れ、ピアノの内部のフェルトをかじり取った巣、死骸を埋めるために掘られた穴など、生々しくも衝撃的な描写でこの出来事を表現する。この描写は、人間の制御を超えた自然の力と、気候変動がもたらす現実的な脅威を象徴している。同時に、修道院という閉ざされた空間でさえ、外部世界の影響から完全に逃れることはできないという事実を浮き彫りにしている。

次に、過去にコミュニティを去り、タイで殺害されたとされるシスター・ジェニーの遺骨が戻ってくる。この出来事は、過去と向き合うことの必要性と、共同体の記憶の重要性を示唆している。遺骨という具体的なイメージは、過去が現在に及ぼす影響の強さを象徴的に表現している。

最後に、語り手の過去を知る環境活動家、ヘレン・パリーが修道院を訪れる。パリーの存在は、語り手に世界で起きている問題から目を背けてはいけないという思いを抱かせ、内なる葛藤を引き起こす。この人物設定を通じて、ウッドは個人の内省と社会的責任のバランスという現代的な課題を提起している。

これらの「訪問」は、語り手に過去と向き合うこと、赦すこと、喪失と折り合いをつけること、そして女性としての生き方について深く考えさせる契機となる。特に、語り手の母親との関係やその死に対する悲しみの描写は、読者の心に深く響く。ウッドは自身の経験、特に20代で母親を亡くした経験を巧みに物語に織り込んでおり、それが作品に真実味と感動的な深みを与えている。

『Stone Yard Devotional』の特筆すべき点の一つは、信仰と精神性に関する従来の概念に挑戦している点である。無神論者である語り手が、宗教的な場所で慰めと意味を見出していく過程は、現代社会における信仰の新たな形を示唆している。作者は、伝統的な宗教的教義の枠を超えて、日々の生活における儀式や献身、静寂といった要素にも精神性が宿る可能性を探っている。

また、本作は女性同士の関係性を丁寧に描いている点も注目に値する。修道院という女性だけのコミュニティを舞台に、語り手と修道女たち、そしてヘレン・パリーとの関係を通じて、女性の連帯と対立、理解と葛藤が繊細に描かれている。特に、過去の出来事(いじめや裏切り)が現在の関係性にどのように影響を及ぼすかという点は、読者に深い洞察を与える。

ウッドの文体は、簡潔でありながら詩的な美しさを持つ。彼女は、骨、ネズミの大発生、訪問者といったイメージを巧みに用いることで、喪失、記憶、罪悪感、贖罪といったテーマを象徴的に表現している。これらのイメージの反復は、物語に重層的な意味を与え、読者の解釈の可能性を広げている。

批評家たちが指摘するように、『Stone Yard Devotional』は一気に読み進められるような作品ではない。むしろ、読者に内省と熟考を促す静かな小説である。作者は、読者を主人公の頭の中に無理に引き込もうとはせず、むしろ読者に観察者としての立場を与えている。この手法は、読者自身の経験や思考を物語に重ね合わせる余地を生み出し、より深い読書体験をもたらしている。

本作は、ウッドのこれまでの作品、特に『The Submerged Cathedral』(2004年)や『The Children』(2007年)を彷彿とさせる要素を持ちつつも、より成熟した作家としての力量を示している。閉鎖的な空間設定と独特の雰囲気創出は彼女の得意とするところだが、本作ではそれらがより洗練され、テーマとの調和が取れている。

『Stone Yard Devotional』は、現代社会における信仰と共同体の意義について深い問いを投げかけている。外部世界からの影響を完全に遮断することは不可能であり、個人の内省と社会的責任のバランスをいかに取るかという課題は、現代を生きる我々全てに突きつけられている。シャーロット・ウッドは、これらの問いに対する明確な答えを提示するのではなく、読者一人ひとりが自身の経験と照らし合わせて考えることを促している。

The Children

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