『The Most』1950年代アメリカの家庭に押し込められた女性の葛藤を描く

2024年7月30日に発売されたジェシカ・アンソニーによる『The Most』は1950年代のアメリカはデラウェア州ニューアークのアパートを舞台に、一見完璧に見える結婚生活を送る若い夫婦、キャスリーンとヴァージルの一筋縄ではいかない関係性を描いている。

1957年11月の異常に暖かいある日曜日。ソ連が宇宙犬ライカを乗せたスプートニク2号を打ち上げる中、ヴァージルは2人の息子を連れて教会に出かける。しかしキャスリーンは家に残り、アパートに併設されているプールに行って、そこから出ようとしないまま1日を過ごす。この小説は夫婦それぞれの視点から交互に語られ、8時間に渡って彼らの過去、秘密、そして結婚生活の真実の姿が明らかになっていく。

キャスリーンはかつて有望なテニス選手だったが、結婚と家庭のために夢を諦めざるを得なかった。プールに浸かりながら、自分の人生における別の道について思いを巡らせる。特にテニスを諦めたことを後悔し、満たされない思いを抱えている。プールに浸かり続けるという行動は、周囲から奇異に見られながらも、彼女自身にとっては自分と向き合い、現状を打破したいという心の叫びを表現している。彼女は夫との関係、恋愛、そして自分自身の将来について深く考え、人生をコントロールしたいという強い意志を持ち始める

一方、外見がハンサムで恵まれた環境で育ったヴァージルは、人生において大きな苦労を経験することなく過ごしてきた。彼は保険のセールスマンとして働いているが、仕事にやりがいを感じていない。また心の底ではサックス奏者になるという夢を諦めきれていない。彼は妻の行動に戸惑いながらも、自身もまた人生における選択と向き合い、変化の必要性を感じ始める。

この小説はスプートニク2号の打ち上げという、冷戦時代の大きな歴史的背景の中で展開される。宇宙犬ライカの旅とキャスリーンのプールでの時間は、一見無関係に見えるが。しかし戦時中のアメリカでは多くの女性が工場などで働いた一方で、戦後は再び家庭に戻ることが奨励され、「良き母」「良き妻」としてキャリアを諦めざるを得ない女性は少なくなかった。狭い宇宙船に乗せられ地球の周りを回り続けるライカの姿と、家庭に押し込められたキャスリーンの現状は、どちらもより大きな力に囚われ、自分たちの運命を受け入れるしかないという感覚を反映している。

ジェシカ・アンソニーは、本作を執筆するきっかけとなった出来事として、スロバキアでの橋守として働いていた経験について語っている。彼女はスロバキアのマリア・ヴァレリア橋の橋守として働いていた時に『The Most』の最初の草稿を書いている。この橋は第一次世界大戦第二次世界大戦で破壊され、60年間再建されずに放置されていたが、2001年にようやく再建された。アンソニーは、橋を「創造という行為」によって守るというアーティスト・イン・レジデンス・プログラムに参加していた。この経験が、橋を意味するチェコ語スロバキア語の「Most」というタイトルと、作中の重要なテーマである「つながり」と「分断」に影響を与えている。

『The Most』は、一見華やかに見える1950年代のアメリカ社会の光と影、そしてその中で生きる人々の葛藤や不安を精緻な筆致で描き出している。本作で表現されている自己実現の機会を奪われた女性たちの葛藤は、多くの読者の共感を呼ぶだろう。

The Most (English Edition)

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