2023年3月7日に発売されたジェニー・オデルの『Saving Time: Discovering a Life Beyond the Clock』(日本語意訳 時間を取り戻す:時計を超えた生き方の発見)は、ナタリー・ポートマン主催のブッククラブで、2025年1月の課題図書に選出された一冊である。本書は時間に対する私たちの考え方そのものに疑問を投げかけ、現代社会に蔓延する「時間=お金」という概念の呪縛から解放されるための道筋を示す意欲的な書である。
オデルは、前作『How to Do Nothing』(邦題:何もしない)で、ソーシャルメディアに支配された現代人の注意散漫な状態を批判し、意識的に「何もしない」時間を持つことの重要性を説いた。しかし、多くの人々が指摘したように、現代社会において「何もしない」時間を確保すること自体が困難である。そこで本書では、時間に対する私たちの根本的な考え方を見直し、私たちの生活を規定する時間概念の起源を歴史的に探究していく
オデルは、現代社会における時間概念の根幹をなす「時間=お金」という考え方が、19世紀の産業革命と帝国主義によって形成されたものであることを指摘する。当時の西洋社会は、時間を標準化し、労働力を数値化することで、より効率的に労働力を搾取することを目指した。工場労働者たちは、テイラー主義と呼ばれる、作業を細かく分割し、それぞれの動作にかかる時間を計測する管理手法のもとに置かれ、その結果、労働はますます機械化され、人間性を奪われたものへと変貌していった。
この産業主義的な時間概念は、現代社会においても形を変えながら生き続けている。アマゾンの倉庫で働く労働者、コールセンターで働くオペレーター、センサーを搭載したUPSのトラックを運転するドライバー、そしてリモートワークで従業員監視ソフト「Staffcop」によって管理される人々。彼らは皆、現代版テイラー主義とも言えるシステムによって、分刻みのスケジュール管理と生産性の追求を強いられているのである。
オデルは、私たちが内面化しているこの産業主義的な時間概念こそが、現代社会における時間不足感の根源であると主張する。そして、この呪縛から解放されるためには、時間に対する多様な捉え方を取り戻す必要があると説く。
著者は様々な文化における時間概念や、鳥の渡り、植物の成長、潮の満ち引きなど、自然界に見られる時間のリズムを通して、時間に対する多様な視点を提供する。これらの事例は、時間が決して均質で交換可能なものではなく、それぞれの場所、それぞれの生物、それぞれの文化によって、多様な形で経験されていることを教えてくれる。
特筆すべき例として、著者はフィリピンのタガログ語で「なんとかなるさ」「なるようになる」という意味を持つ「バハラ・ナ」という概念を取り上げる。これは、不確実な状況に対する前向きな対応を表す言葉であり、状況をコントロールしようとする西洋的な考え方とは対照的な時間感覚を示している。火山や台風など予測不可能な自然現象と共存してきたフィリピンの人々の知恵が、現代社会に生きる私たちへの重要な示唆となっている
オデルは、時間とは無限に消費されるべき資源ではなく、私たちが大切に育むべき「種」のようなものだと説く。時間を「節約」するのではなく、「創造」することの重要性を訴え、私たち一人ひとりが、自分自身の時間のリズムを取り戻し、より豊かな人生を送るための具体的な方法を提案している。
本書は、時間という身近で重要なテーマについて、歴史、文化、社会、そして個人の経験という多角的な視点から深く考察している。既存の時間管理術に満足できない人、、時間に追われる日々から解放されたいと願う人、そしてより豊かな人生を送るためのヒントを求める人にとって、価値ある一冊と言えるだろう。
▼本書はナタリー・ポートマンのブッククラブで課題図書として選出されました

