『Wandering Stars』ネイティブ・アメリカンの苦しみをある家族の歴史から紐解く

2024年2月に出版されたトミー・オレンジの『Wandering Stars』は、ネイティブアメリカンの家系を3世代にわたって追跡する野心的な小説である。前作『There There』(英語版:2018年,日本語版:2020年)の世界観を引き継ぎながら、より広範な歴史的視点を持って、アメリカ先住民の苦難の歴史を描き出している。

本作の特筆すべき点は、歴史的事実と現代の生活を巧みに織り交ぜた物語構造である。1864年のサンドクリーク虐殺から始まり、1969年のアルカトラズ島占拠、そして前作で描かれたオークランドでのパウワウ銃撃事件まで、時代を超えた暴力の連鎖を鮮明に描写している。オレンジは、これらの出来事を単なる歴史的事実として提示するのではなく、登場人物たちの内面的な葛藤や心の傷と結びつけることで、読者に深い共感を呼び起こす。

『Wandering Stars』で描かれている主な世代的トラウマは、アメリカ先住民に対する植民地主義の暴力と、その後の生活における道徳的混乱である。小説では、絶滅、同化といった肉体的、心理的な暴力の影に隠れた生存者の話が語られる。登場人物たちは、生計を立てるプレッシャーや、略奪されたウィスキーから自家製の麻薬に至るまで、物語の中で描かれる150年にわたって供給され続ける依存症の危機に直面している。また、登場人物は先住民としてのアイデンティティと真正さに関連する両義性と複雑さの問題にも取り組んでいる。先住民は都市や町を「埋められた祖先の土地、ガラスとコンクリートとワイヤーと鉄鋼、取り返しのつかない覆われた記憶」と表現している。オレンジ自身も、「登場人物たちに、私自身が苦闘してきたように、そして他の先住民が苦闘しているのを目の当たりにしてきたように、アイデンティティと真正性をめぐって苦闘してほしかったのです」と語っている。

著者へのインタビューによると、オレンジは『Wandering Stars』を『There There』の前編であり後編でもあると位置付けている。特に、1800年代後半に始まった悪名高いアメリカ先住民寄宿学校に焦点を当てている点が注目される。彼自身、オークランドの先住民コミュニティで働くまで寄宿学校の存在を知らなかったと語っており、この事実は作品の真実性と切実さを裏付けている。

寄宿学校での強制的な同化政策を描くことで、オレンジは文化的アイデンティティの喪失という深刻なテーマに取り組んでいる。これは、現代のネイティブアメリカンが直面する問題—依存症や高い中退率など—の根源を探る試みでもある。

インタビューでオレンジは、先住民の代弁者になることへの抵抗感を語っているが、彼の作品は確かに先住民のために雄弁に語りかけている。「人々が自分の物語が語られるのを見ると、それが助けになる」というオレンジの言葉は、文学の持つ力強さと重要性を改めて認識させてくれる。

『Wandering Stars』は、過去の傷を背負いながら生きることの意味を問いかける、重みのある作品である。オレンジは、ネイティブアメリカンの歴史と現在を描くことで、アメリカ社会全体に向けた問いを投げかけている。それは、過去の暴力や不正義とどう向き合い、どのように未来を築いていくのかという、普遍的なテーマにもつながり、日本に住む私たちにとっても無縁ではない。

本作は、単なる歴史小説や社会派小説の枠を超え、人間の尊厳と生きる意味を問う文学作品として評価できる。トミー・オレンジは、ネイティブアメリカン文学の新たな地平を切り開いた作家として、今後も注目されていくことであろう。

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