2024年7月に出版されたピューリッツァー賞受賞作家アン・アプルボームによる最新の著書『Autocracy, Inc.: The Dictators Who Want to Run the World(独裁株式会社:世界を支配したがる独裁者たち)』は、現代の独裁体制がもはや単一の指導者によるものではなく、複雑な国際ネットワークによって支えられているという実態を明らかにする一冊である。本書は、2021年に『The Atlantic』に掲載された著者の記事「The Bad Guys Are Winning」(悪者たちが勝っている)を発展させたものだ。
アプルボームは、21世紀の独裁国家は、かつてのソビエト連邦のような単一のイデオロギーではなく、権力、富、そして処罰からの免責という共通の欲望によって結びついた洗練されたネットワークによって支えられていると主張する。このネットワークは、不正蓄財された資金、監視技術、そしてプロの宣伝工作員によって構成され、中国、ロシア、イランといった複数の体制にまたがって活動している。腐敗した企業は国境を越えて取引を行い、警察は互いに訓練や武器供与を行い、宣伝工作員は資源とテーマを共有しながら、民主主義の脆弱性とアメリカの悪を喧伝する同じメッセージを広めている。
著者は、かつて西ドイツとソビエト連邦の間で行われたガスパイプライン取引を例に挙げ、経済的な相互依存が必ずしも民主化を促すとは限らないことを示している。1990年代のフランシス・フクヤマの「歴史の終わり?」*1という楽観的な見方は、貿易とグローバル化がもたらす恩恵によって民主主義が自然に広がるという希望に満ちていた。しかし実際には、貿易を通じて力を握った人々が、その富を使って権力を維持し、民主主義を脅かす結果を招いた。ウラジーミル・プーチンの台頭はその典型例で、彼はサンクトペテルブルクの副市長時代に不正な蓄財を行い、西側の金融システムを利用して富を築き、それを基盤にロシア国内で権力を掌握していった。
本書では、現代の独裁者たちが互いに協力し、民主主義の弱体化を図る具体的な事例が数多く紹介されている。例えば、ベネズエラのニコラス・マドゥロ政権は、ロシアからの武器供与、中国からの投資、キューバからの監視技術の提供によって、国民からの圧倒的な不支持にもかかわらず権力を維持している。イランとベネズエラのように、歴史的・文化的なつながりがない国々が、制裁回避という共通の利益によって協力関係を築いている事例も示されている。
アプルボームは、この新たな独裁主義の時代は、冷戦のような明確な地理的境界線を持つものではなく、民主主義国家の内部にも独裁的な傾向を持つ人々が存在することを指摘している。SNSのアルゴリズム、ボットによる情報操作、そして右派のネットワークによる意図的な誤情報の拡散は、民主主義社会の弱点をさらけ出している。これまで西側諸国は自由なインターネットを標榜してきたが、中国をはじめとする独裁国家は、インターネットとSNSを巧みに利用して情報統制と宣伝活動を強化している。
アプルボームは本書の出版に際して行われた対談やインタビュー動画の中で、米国を含む西側諸国における独裁主義のリスク認識の欠如を憂慮している。外国の勢力によるソーシャルメディアの悪用は、現代の独裁主義ネットワークの重要な戦略となっている。彼女の分析によれば、ソーシャルメディアによってグローバルな会話が可能になったことで、外国の勢力が他国の政治議論に容易に介入できるようになった。例えば、ウクライナの生物兵器開発疑惑に関する陰謀論のように、権威主義国家が発信した偽情報が連携する他国のメディアやSNSを通じて拡散され、国内の政治議論に影響を与える「情報ロンダリング」の手法が横行している。
さらに深刻なのは、この問題に対抗するためのメッセージングの非対称性だ。著者によれば、強力な資金力と組織力を持つ右派のエコシステムが多くの言説を生み出している一方で、それに反論する側が効果的にメッセージを発信できていない。SNSのアルゴリズムは怒りや分断を煽る情報を拡散しやすい傾向があり、一部の勢力はこの特性を巧みに利用している。また、事実の検証よりも感情に訴える「物語」が重視される傾向があり、民主主義を守る側が効果的な対抗言説を構築できていないことも課題として指摘されている。
著者は、自身が長年交流してきたロシア、香港、ベネズエラなどの民主化活動家たちの経験から、現代の独裁体制の強固な連携を痛感し、本書を執筆するに至った。彼らの努力が独裁国家間の協力によって妨げられている現状を目の当たりにし、この新たな脅威に対する警鐘を鳴らす必要性を感じたのである。
アン・アプルボームは、『ワシントン・ポスト』のコラムニストを15年間務めた後、2020年1月に『The Atlantic』のスタッフライターとなった。彼女は、2004年のピューリッツァー賞を受賞した『Gulag: A History』(グラーグ——ソ連集中収容所の歴史)をはじめ、『Twilight of Democracy: The Seductive Lure of Authoritarianism』(権威主義の誘惑——民主政治の黄昏)、『Red Famine: Stalin's War on Ukraine』(ウクライナ大飢饉——スターリンのホロドモール)、『Iron Curtain: The Crushing of Eastern Europe, 1944-1956』(鉄のカーテン——東欧の壊滅1944-56)、『Between East and West: Across the Borderlands of Europe』(東と西の間で:ヨーロッパ国境地帯を越えて)など、数々の批評家から高い評価を得ている書籍の著者である。
『Autocracy, Inc.』は、現代の独裁主義が進化し、国際的な連携を深めている現状を理解するための必読書と言えるだろう。アプルボームは、民主主義国家がこの新たな脅威に対抗するためには、国際金融の透明性の向上、偽情報対策の早期実施、SNSの適切な規制など、新たな戦略を採用する必要があると提言している。冷戦時代の思考にとらわれず、ネットワーク化された独裁主義に対抗するための、より柔軟で協調的な取り組みが求められている。本書は民主主義の未来に対する警告であり、危機意識を持つよう力強いメッセージを読者に投げかけている。
▼本書がナタリー・ポートマン主催のブッククラブによる3月の課題図書に選ばれました
参考資料:
Autocracy, Inc. by Anne Applebaum review – the devil you know | Politics books | The Guardian
*1:政治経済学者フランシス・フクヤマが1989年にナショナル・インタレストに発表した論文。この論文を発展させた『歴史の終わり』では、国際社会において民主主義と自由主義が最終的に勝利し、社会制度の発展が集結するという仮説が展開された


